なんでこんな話になったのかよくわかりませんけど。
テニス部6人で、筑駒の授業を見に行きました。
え、おもろい
あれだけつまんなくて眠いだけだった古文の授業が、
すごい面白く感じました。
嫌いなりに受験勉強で学力が上がってて、こっちに余裕ができたから?
勉強するつもりで聞いてるんじゃなくて、教養のつもりで聞いてるから?
昔よりも好奇心の幅が広がったから?
正直、あの授業を中学生だった俺が受けても、
半分くらいの知識しか吸収できないんだと思う。
それは集中力の問題ではなく、視野の広さの問題。
情報を一つのピースとしてしかとらえられなくて、
つながりを意識した知識として見れない、能力のなさ。
まぁ、俺も成長したってこったな、
ポケモンに夢中だったあのころに比べるとさすがにww
筑駒とは?
俺にとって、筑駒とは”人”
確かにあの6年間は貴重なモノだったけど、
俺にいろんなことを教えてくれる先生は
教壇に立っていた教員だけでなく、
一緒に遊び学んだ50期のやつらなわけです。
すげーぞ、ここの先生たちは。
なんせ、すんごいスピードで成長する。
卒業式を終えても、
あの校舎に通うことはなくても、
筑駒で学ぶことがまだまだいっぱいあるから。
俺は今も、筑駒生。
ずっと。