「戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ」これは、シャア・アズナブルのあまりにも有名な名言です。しかし、二手三手先というのは不確実なもので、いくら大局眼に優れたシャアとはいえ、杞憂・無駄に終わるということも少なくないはず。 先に準備したほうがコストが少なくて済む、または、無駄になってもほとんどコストがないという、前提条件があったうえで成り立つ名言です。 例えば、勉強といったたぐいのものに関しては全く当てはまらない言葉になります。必要に迫られたほうが吸収しやすいのはもちろん、勉強して結局使わなかったものはただ忘れてしまうのみでしょう。 泥縄と対になる言葉がないっていうのは困ったもんですね。時によっては必要になるのに。 「将来の自分の成長のために、小さな試合にはこだわらないという考え方もあるだろう。でも俺はそういうヤツを信用できない。なぜならそいつは、大事な試合でも同じ理由を持ち出して、勝負を保留すると思うからだ。」テニスではこう言ってる人もいましたねえ。