僕らが生きている世界というのは、さまざまな要素が複雑に絡み合って構成されている。何かを理解しようと思っても、要素が多すぎてそのままじゃ理解しきれない。こういうときには、重要そうにみえる要素だけを残してそれ以外を除外してしまうことで、ものごとをシンプルなモデルに置き換える。もちろん現実とはその分違ってしまうんだけど、本質を考えるには有効な手段だ。
相対性理論には、特殊な状況でのみ成り立つ特殊相対性理論と、いつでも成り立つ一般相対性理論の2種類があります。
アインシュタインは、まず特殊~を考え出し、そのあとそれを一般化して一般~を考え出しました。名前的には特殊~のほうが難しそうですが、実際は逆です。「(特殊な状況)風がない時のボールの動き」のほうが、「(一般化)ボールの動き」より簡単ですよね、そんな感じです。
特殊と一般では相対性理論を例に出したが、まず特殊な状況を仮定して相対性理論の本質部分を解き明かし、その後一般化して現実に近付けていくというアプローチ。
過去最高益は本当に偉いのか?では、世界に企業が1つしかなく、企業間での経済活動はゼロという特殊な状況を想定した。こうすることによって、企業–(給料)–>消費者–(購買)–>企業という部分のお金の流れをクローズアップ。給料を払った分しか買ってもらえない、じゃあ企業が利益という形で自分のところにお金をためてしまうと、お金の回転がにぶっていくんじゃ?という本質に迫ろうとした。
しかしこの記事を書いた時には、アプローチ手法そのものや仮定した条件の共有が十分にできていなかったためもあってか、自分が問題にしたかった部分とは違う部分でのツッコミを多数頂戴してしまった。
他人の記事を読んでいる時もつい、著者が問題にしようとしている部分ではなく、自分がツッコミやすい部分に反応してしまうことがある。特に文字だけの記事では、前提で話をしようとしているのかの共有に、著者・読者双方が気を配る必要がある。